『かぐやひめ』劇評

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『かぐやひめ』劇評

2009年(平成21年)7月18日 中日新聞夕刊

「安住恭子の舞台プリズム」より

沢則行・ゆめみトランク「竹取物語」競演

チェコを中心に世界各地で活躍する人形劇家、沢則行のソロ公演「プリンツェズナ・ルナ」と、その沢が作・演出したゆめみトランク公演「かぐやひめ」を連続して見た。沢の独特の解釈による「竹取物語」が、象徴美とわかりやすい物語とで二重に楽しめた。
 
沢のひとり人形劇は、多彩なアイデアとそれを駆使する繊細な技術とで、どの作品も驚きに満ちている。日本と西欧の美しい布地の使い方も魅力だ。それでいて美の裏の醜や暗部を見つめる、さめたまなざしがある。
 
その沢の「プリンツェズナ・ルナ」は、沢ならではの解釈が光る。かぐや姫に求婚する三人は、動物のようにグロテスクで、彼女を求めて醜く争い災いを招く。つまり美しいものへのあこがれや夢や希望といった良きものが、たちまち欲望や闘争心へと転化する人間の姿だ。かぐや姫は、そうしたあからさまな人間を映し出す鏡だろう。すべてを見通す姫の、冷たい気高さ。昇天していく様は息をのむほどだった。
 

ゆめみトランク版ではそれを、笑いも入れながら楽しく展開した。三人が宝を用意するシーンは徹底的に戯画化。その様を見ている姫を出し、超人性を示す。
 
また最後に姫の存在は、おじいさん夫婦の夢だったのかもしれないとし、それでも昇天した姫を「寒くはないだろうか」と気遣うつぶやきで終わる。夢のはかなさと、夢なしに生きられない切実さを同時に示す見事な幕切れだった。
 

(4、5日、名古屋・丸の内、ひまわりホール)

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